主婦、発達心理学者になる

言いたい放題
出会い

人生の物語はたいてい、偶然がいくつも重なることによって始まるのですが、私が研究者になったのも予期することのできない偶然と幸運が重なってのことでした。長女が思春期に入り、子育ての難しさをひしひしと感じていたとき、たまたま乗った地下鉄の中で、愛知県立大学の移転と社会人学生募集を知らせるポスターが目に留まりました。大学が私の家の近所に引っ越してくる。三女も小学生になって少し手が離れたから、私も大学生になれるのでは…。そんな考えが頭をもたげたのが全ての始まりでした。何かを目指していたわけではありません。児童教育学を学べば、子育てのヒントが得られるのではないか、うまくいけば教員免許がとれるかもしれない。そのように考えて児童教育学科を受験し、大学に入学しました。

そんな私の大学生活を変えたのは、三年生のときに赴任していらっしゃった加藤義信氏、そして発達心理学との出会いでした。発達心理学に出会ったときの興奮を今でも良く覚えています。大学に入る前から、動物が好きだった私は、ローレンツの『ソロモンの指輪』やモリスの『裸のサル』を読んで、動物の生態の不思議、人間の不思議に魅力を感じていました。また、情緒障害児との交流を描いたヘイデンの『シーラという子』では、子どもの精神の柔軟性や可塑性に、驚きと畏敬の念を抱いたりしていました。そして発達心理学に出会ったわけですが、そのとき、自分の生い立ちや人生の出来事や書物を含めたいろいろな出会いすべてが、発達心理学を指し示しているように感じたのです。そうして、大学入学時には夢にも思わなかった「発達心理学者への道」が見えてきました。

理由

発達心理学に惹かれた理由はいくつかあります。私自身は決して恵まれているとは言えない家庭環境で育ったせいか、幼い頃から自分に自信がなく、人間関係でもくよくよ悩みがちで、何かあるとすぐ、なんのために生まれてきたのか、生きる意味とはなんなのか、と考え込んでしまうところがありました。そんな私に発達心理学が最初に教えてくれたことは、次の三つでした。

  1. 人の心の作用は複雑で不可解なのに、一方でなぜか単純な法則に縛られていたりする。
  2. 自分が日常的に行っている行動や、ふとした心の動きも、適応的な意味が隠されている。
  3. 人間は、進化のなかで獲得した行動を基礎に、想像を超える複雑な心の世界(表象の世界)を作り上げた。

翻って、自分について考えてみると、次のように思いました。

  1. 自分も、地球上の他の動物たちと同様に、この世界になんとか適応しながら、生きのびてきたのだな。
  2. 生まれてきたことに理由はないのだけれど、自分の人生を豊かに意味づけすることは可能だな(心理学が心の作用の隠れた意味を見出したように)。
  3. 人間関係に悩むのも、人間だけが他人の心のことまで考えてしまうほど、高度な進化を遂げしまったので、それがときに過剰に働くのだな。

私にとって発達心理学は、人生の様々な側面に意味を与えてくれるものでした。

探求

そして今、幸運にも、発達心理学者として研究を続けています。現在、研究を通して知りたいことは、幼い子どもの心には、この世界はどのように映っているのか、ということです。上でも述べたように、私たち人間は非常に複雑な心の世界を持つに至りました。現実の世界はひとつなのに、心は「ことば」によってさまざまな意味を重ね合わした豊かな世界を作り出します。しかしその反面、私たち大人は「ことば」を獲得したことによって、いつのまにかそのフィルターなしで世界を理解することが難しくなってしまいました。では、分節化も概念化も未熟で、物事を多重化して見られない幼い子ども達には、この世界はどのように見えているのでしょうか。私は、絵や映像などの外的表象を理解するようになる過程を調べることで、子ども達が体験している、フィルターを通さない「生の世界」をなんとかして描き出したいと考えています。

表出

しかし、実を言うと、私が研究を通して実現したいことは、それだけではありません。私を研究へと向かわせているもう一つの理由があります。

以前、知り合いの若い画家が、私にこんな話をしてくれました。
「子どもの頃は描きたいことがあっても、技術面が追いつかなくて描けなかった。中学2年の時、描きたい絵が描けて、わーっとなった。これで生きていくと思った。そのときから、描きたいことは変わっていない。」これを聞いたとき、吉本ばななが『キッチン』のあとがきに書いていたことを思い出しました。「私は昔からたったひとつのことを言いたくて小説を書き、そのことをもう言いたくなくなるまでは何が何でも書き続けたい。」

私が研究者になる決意をしたのも、似たような体験があったからでした。発達心理学と出会ったとき、私は自分の心の中に、これまでことばにすることができなかった、ある「こと」が存在するのをはっきりと認識しました。研究法を学んだとき、それを表す道具を与えられた気がしました。

それ以来、その「こと」は変わらず私の中に存在し続け、それを言うために、研究を通して、手を替え品を替え表現しようと試みています。これから先も、「こと」を明らかにする挑戦は続きそうです。

※この記事は2019年の日本発達心理学会のニューズレターに掲載された記事を、一部改訂したものです。

 

Minako Kimura

最近はストリーミング配信で映画をたくさん見ています。良い時代になったなぁ、としみじみ思いますが、やっぱり映画館にも時には行きたい…。

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