2008年3月

書 名 科学を短歌でよむ
著者名 諏訪兼位
出版社名 岩波科学ライブラリー136(2007年)

 

日本の詩歌の伝統の中で、短歌(明治30年代以前は和歌)という形式は特別な位置を占めてきました。5‐7‐5‐7‐7からなる全31文字の中に、宇宙的広がりを有する自然から心の内奥の深い哀しみまでも歌うことのできる形式は、世界に類がないかもしれません。もちろん、日本にはこれより短い俳句という形式もあります。しかし、俳句では一瞬の感覚の閃きを鋭く表現することはできても、そこに理知の世界を築き思想を語ることはむつかしいように思われます。短歌は、そのような理路を含みこんだ表現をも可能にするぎりぎりの形式と言えるでしょう。

そのせいでしょうか。自然科学の領域では俳人は少ないのに(例外として物理学者で東大の元総長の有馬朗人がいます)、短歌のほうは斉藤茂吉にはじまって、現在もプロの歌人として通用する研究者がたくさんいます。『科学を短歌でよむ』は、こうした理系の研究者と短歌とのかかわりに焦点を当てたユニークな本です。著者の諏訪さんは、名古屋大学理学部の地球科学教室の教授を務める傍ら、朝日新聞の歌壇に投稿を続け、1992年には朝日歌壇賞も受賞した人です。地質調査で長く滞在したアフリカ大地溝帯の雄麗な景観に魅せられて40歳を過ぎてから短歌を始め、スケールの大きい自然を詠んだ、次のような秀歌を数々作りました。「サバンナは雨季明け近し南よりヌーの大群しずかに移動す」。

私はこの本を読んで、ひとつの発見をしました。それは、日本で最初にノーベル賞をもらった湯川秀樹が非常に優れた歌人であったことです。「天地(あめつち)もよりて立つらん芥子(けし)の実も底に凝(こ)るらん深きことわり」といった歌に見られるように、宇宙や自然の不思議を前にしての敬虔な気持ちから生まれる詩心とその理を探求しようとする情熱は、結局はひとつのものなのでしょうか。優れた自然科学者と優れた歌人であることは別のことではないことに、私ははじめて深く納得しました。

現代短歌をこれから読んでみようと思う若い人々には、『短歌を楽しむ』(栗木京子、岩波ジュニア新書)と『短歌をよむ』(俵万智、岩波新書)をまず薦めます。俵万智の名前はご存知でしょう?短歌の世界に新しい風を吹き込んだ彼女の『サラダ記念日』が出てからもう20年、現在はさらに新しい感性で作られたニューウェーヴ短歌の時代と言われています。若い同世代の人たちの作った短歌を現在進行形で読んでみたい人には、『短歌の友人』(穂村弘、河出書房新社)がお奨めです。

なお、愛知県立大学からは、永井陽子と荻原裕幸という、現代短歌の先頭を走る二人のすばらしい歌人が巣立ちました。永井陽子さんは残念ながら、8年前に以下のような不滅の瑞々しい歌を残し、若くして亡くなりました。

「あはれしづかな東洋の春ガリレオの望遠鏡にはなびらながれ」(『永井陽子全歌集』、青幻舎)

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Yoshinobu Kato

最近、「らじるらじる」というNHKラジオ番組を聴いています。お気に入りは「大竹しのぶのスピーカーズ・コーナー」と「高橋源一郎の飛ぶ教室」です。

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