2008年5月

書 名 非対称の起源
著者名 クリス・マクマナス
出版社名 講談社ブルーバックス(2006年)

 

世の中に右利きの人と左利きの人が存在し、前者が圧倒的な多数派(90%以上)であることは誰もが知っている事実です。ところが、その事実を反映して、社会生活で用いられる事物や仕組みの多くが右利き用に作られていることに、私たちは案外、気づいていません。昨年度、私の研究室でMさんが「利き手」をテーマに卒業論文を書いてくれましたが、これを読んで私は、この社会が実にさまざまな右利きバイアスのモノであふれていることを再認識させられました。腕時計、カッターナイフ、急須、キーボードといった身の回りのものから、パチンコ台や自動販売機に至るまで、右手での操作を前提として設計・製作されているものを挙げていけば、きりがありません。インターネットではいまや、こうした右利き文化に対抗して、さまざまな左利きグッズが販売されています。この中に、「左利き用鉛筆」というグッズがあり、私はこれには心底、驚いてしまいました(ふつうの鉛筆を左手に握って「MITSUBISHI」や「TOMBO」の文字を読んでみてください。鉛筆ですら右利き用に作られていることがわかります)。

今回取り上げる『非対称性の起源』は、人間に固有な利き手問題を最新の研究成果を踏まえて、あらゆる角度から論じた書物です。新書の体裁にもかかわらず、470ページの分量はなかなか読み応えがあります。「人間に固有」と言ったのは、道具を用いない動物にはそもそも利き手といった類の身体の非対称的用い方が存在せず、人間に近いチンパンジーでも個体によって使用頻度の高い手はあっても、種全体に右利き優位という事実は存在しないからです。しかし、これは考えてみたら不思議なことです。生物は組織体として複雑化するほど、その身体に非対称な器官や配列を含むようになり(構造的非対称)、結果として機能的非対称へとつながっていくことが必然と思われるのに、それが人間において突然のように最も顕著に現れるようになったのはなぜか?本書は、この問いに答えるために、悪戦苦闘して書かれた本といえるでしょう。特に利き手の問題から出発しながら、身体の構造の非対称的配置(例えば心臓は左など)がそもそも生物学的にどのようにして決まるかにも、多くのページを割いています。ただ残念なことに、本書を最後まで読んでも、当の利き手問題に満足のいく解答が与えられているようには思えません。でも、そうした肩すかしも、利き手の問題が、対称性と非対称性という生命や宇宙の根源の理解にもつながっていく奥の深い問題であることの証左と考えれば、なんとなく許せる気になります。

類書には『左と右の心理学』(コーバリスとビール、紀伊国屋書店)と『左利きは天才?』(ウォルマン、日本経済新聞社)があります。前者は、利き手の問題をはじめて体系的に論じた名著、後者は2006年刊の最近の本で、ここに紹介したマクマナスの本と内容が重なります。ちなみに、もちろん、左利きに天才が多いという事実はありません。

今年の3月、Mさんを含むゼミの卒業生一同から左利き用の財布をプレゼントされました。そう、実は私自身、左利きです。これまで財布を開いたときに小銭がこぼれ落ちてしまうことが多かったのですが、自分が不器用なせいだとばかり思っていました。ところが、さにあらず。左利きの人間が支持手である右手で開いた財布をもち、左手でお札を抜き取ろうとすると、ふつうは小銭入れの開きは下になって、コインは落ちやすくなります。世間の財布は右利き用に作られていたのです!私は何十年という間、このことにまったく気づきませんでした。

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Yoshinobu Kato

最近、「らじるらじる」というNHKラジオ番組を聴いています。お気に入りは「大竹しのぶのスピーカーズ・コーナー」と「高橋源一郎の飛ぶ教室」です。

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