2008年2月

書 名 英語でよむ万葉集
著者名 リービ英雄
出版社名 岩波新書920(2004年)

 

最近テレビを見ていてびっくりするのですが、流暢な日本語を話す外国人が増えています。しかし、書きことばとしての日本語をその微妙な美的ニュアンスも含めて自在に駆使できる外国人は、きっと今でも多くはないでしょう。リービ英雄は、その稀な外国人の一人です。アメリカの外交官の息子として生まれ、少年時代を台湾、香港で過ごし、英語、北京語のバイリンガルとして育った彼は、17歳のとき初めて東京を訪れ、日本語と出会います。抽象性の高い英語や中国語と対比して、「日本語の具体性、特に….『大和ことば』、いわゆる『和文脈』に魅かれた」リービ少年は、それからひたすら日本の小説や詩歌を読み、やがてアメリカの大学で日本文学を講ずる教師となります。彼にとって日本語は、中国語のようにバイリンガル言語となるにはその出会いが遅すぎた言語です。「いくら努力しても一生『外』から眺めて、永久に『読み手』であることが運命づけられていた」(エッセイ集『日本語を書く部屋』より)言語です。にもかかわらず、リービ英雄は40歳の直前に、「日本語は美しいから、ぼくも日本語で書きたくな」り、アメリカの大学の教授職を投げ打って、日本語の世界へと越境するために、日本に定住する道を選びます。日本語を母語としない作家によって書かれた最初の日本語の小説『星条旗の聞こえない部屋』は、こうして生まれたのでした。

『英語でよむ万葉集』は、上記のような経歴をもつ著者による、驚くべき本です。古文を直接読んで鑑賞できるほどの教養もなく、英詩がわかるほどの英語力もない私に、この本は初めて、万葉と英詩の二つの世界の音のリズムのすばらしさを教えてくれました。何より、まず次の例、柿本人麿が妻を亡くしたとき哀慟して詠んだ歌をみてみましょう。

「….大鳥の 羽(は)易(がひ)の山に 汝(な)が恋ふる 妹(いも)は座(いま)すと 人の云へば 岩根(いはね)さくみて なづみ来し 良(よ)けくもぞなき うつそみと 思ひし妹が 灰に座(いま)せば」(….大鳥の羽易の山にあなたの恋しい妻がいらっしゃると人が言うので、岩を踏み割り、苦労をしてここへ来たが、その甲斐はまったくなかった、この世の、生きている人だと思った妻が、灰なのだから。)

リービ英雄による英語訳は以下の通りです。

「….And so when someone said, / “The wife you long for / dwells on Hagai mountain, / of the great bird,” / I struggled up here, / kicking the rocks apart, / but it did no good: / my wife, whom I thought / was of this world, / is ash.」

「岩根(いはね)さくみて なづみ来し」が「I struggled up here, / kicking the rocks apart,」となっているところに、私は思わず唸ってしまいました。簡潔でリズミカルな英語表現によって元の歌の意味が鮮明になり、短くて具体的なイメージ喚起力のある万葉古語の音の美しさもいっそう引き立つといった、二つの言語の究極の幸福な関係が、ここには実現されていると言っても過言ではないでしょう。心理学の領域ではありますが、少なからず翻訳の仕事も好きで続けてきた私にとって、この本が実現した世界はほとんど奇跡のように思えてなりません。

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Yoshinobu Kato

最近、「らじるらじる」というNHKラジオ番組を聴いています。お気に入りは「大竹しのぶのスピーカーズ・コーナー」と「高橋源一郎の飛ぶ教室」です。

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